2012年06月26日

最後だとわかっていたなら (原題『Tomorrow Never Comes』)



2001年9月11日同時多発テロの後、ネットを駆け巡った詩。

作者は、ノーマ コーネット マレック(Norma Cornett Marek)さん。
亡くなった息子サムエルに棒げた詩で、1989年に発表されました。
その後、2001年より主にインターネットを活用し、自身の作品を発表し続け、2003年に末期がんを患い、2004年64歳のときに永眠されています。

作者と同時多発テロの直接的な接点はありませんが、今日一日があるということの大切さや、愛する人に対してできることを深く考えさせられるこの詩は、多くの人の心を打ちました。

読んでみれば、この短い詩の中に、今日と言う一日があることに感涙できる喜びと、愛する人への愛おしさでいっぱいになると思います。

最後だとわかっていたなら



内容紹介(Amazonより)
(本文より一部抜粋)
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら
わたしは今日
どんなにあなたを愛しているか伝えたい

詩の内容そのものは、英語の原文も、日本語訳もネット上で簡単に見つけることができます。
しかし、あえてこの本を紹介するのは、納められている美しい写真をオススメしたいからではなく、翻訳者のあとがきを読んでもらいたいからです。

P46
― 「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう
この詩をはじめて読んだ時、亡くなった姉がわたしに語りかけているような気がした。

この言葉から始まる翻訳者のあとがきは、この詩を通して、亡くなってしまった大切な人への想いをめぐらせたものです。
ある程度以上の年齢になれば、家族や友人など、大切な人を亡くすという経験を、誰もがします。
そしてそれが突然の事故、突発的な病気、永年看病、介護した末のもの、天寿を全うした大往生と思えるもの、どんな死であったとしても、私たちは必ず、何もできなかったという後悔にかられます。
その後悔はおそらく、その人を忘れないでいたいという、心の表れなのでしょう。
そんな想いを綴り、その最後に、彼女はこう書いています。

大切な人への思いを素直に伝えて、その人の今日1日を、自身の今日1日を、最高に幸せでかけがえのないものにするために、わたしはこれからも心からの思いを言葉や態度で表していきたいと思う。

今日という一日を、懸命に生きる。
それが人生の中で、最も大切なことなのかもしれません。

一日を生涯として、大切な人に喜んでもらえるように、生きてみよう。
人気ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村


posted by わけい at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/277415818

この記事へのトラックバック