2014年05月29日

「幸せ」の経済学(橘木 俊詔)

「幸福度」と経済学の関係。
一番大事な視点だと思いますが、人間はついつい「幸せの国・ブータン」とかで一方的な納得をしてしまいがち。
ちゃんと統計取って考えようってことですね。

「幸せ」の経済学 (岩波現代全書)



目次
序章 「幸せ」とは何だろうか
第1章 世界の人びとは「幸せ」をどう考えているか
第2章 日本人は「幸せ」をどう考えているか
第3章 最高に幸せな国―デンマークとブータン
第4章 不平等、再分配政策と幸福
第5章 経済学は「幸せ」をどう捉えてきたか
第6章 定常経済時代の考え方
第7章 「幸せ」を高めることの意義と政策

印象に残った部分を引用。

はじめに
人びとの「幸せ」は必ずしも消費の最大化、あるは所得の最大化だけで得られるものではない、ということを主張するものです。このために世界各国における「幸せ」度の計測に注目して分析した結果は、所得の高い国に住む人が必ずしも高い幸福度を感じているのではない、という命題を支持するものです。経済生活は人間にとって基本のことなので、もとより非常に低い所得の国であれば、高い幸福度は期待できません。とはいえ国民の大半が低所得にいる国(例えば代表的にはブータン)であっても人びとの幸福度は高い場合はがあるし、たとえ経済が最強の国(例えば代表的にはアメリカ)であっても国民の全員が高い幸福度にいるのではありません。なぜブータンやアメリカのような国があるのか、そして世界一の幸福国とみなされているデンマークを論じて、人びとはどういう状況の下で「幸せ」ないし「不幸」を感じるのかを詳しく論じることとします。


P13
一九七六念に登場して世界に衝撃を与えたブータンの国民総幸福(Gloss National Happiness)という概念です。ブータンは当時非常見貧しい国でしたが、国民の九七%が自分は幸福だと答えていました。しかし、その三四年後の二〇一〇念にブータン自身が後に紹介する九つの変数を用いて国民の幸福度を評価したところ、ブータンの人の幸福度は半分以下に落ちていました。考えるに、七〇年代のブータンの人たちは他国の人たちがどれだけ経済的に豊かな生活をしているか知る機会がなかったけれども、その後、ブータンの人たちもそこそこ豊かになり、テレビやインターネットで、m世界各国の事情を知るようになって、自分たちはまだまだ豊かではないと感じて、幸福度はあまり高くないという結果になったのではないでしょうか。
このことは、冷戦終焉直前の東ドイツ、ポーランド、チェコ・スロヴァキア、ハンガリーといった東欧の人びとが、テレビ等で西側の生活を見て、自分達の生活がいかに悲惨であるかを知ることとなり、それが最後には東西の壁を崩した話と通底します。すなわち情報が大事であることを示しています。


P32
あえて大胆に解釈すれば、人は所得・仕事か自然環境と住み心地のいずれを採るか選択しているということになります。仕事も所得もあまりないかもしれないが、非常に生活しやすいから、地方に住むと決断した人もいるでしょうし、逆に騒々しいし交通も混雑して住みやすくはないけれど、仕事はあるし所得は高いという魅力が大きいので、大都会に住むという決断もあるでしょう。


P39
私なりの解説を少し加えますと、年齢と性別から言えることとして、一番幸福度が高いのは、六〇代の女性で、反対に不幸度が高いのは三〇代の男性です。これは日本社会の現状をうまく説明していると私は思います。六〇代の女性は、健康も保持されていて、子どもは独立して子育てが終わった安堵感があります。お金も結構あって、邪魔なのは旦那だけかもしれません。それが七〇、八〇歳になってくると、健康に不安が出てきて幸福度が減るのかもしれません。
逆に三〇代男性、あるいは二〇代後半の男性の不幸度が高いのです。まずは失業者が多いので、この年齢の男性は不幸を感じています。働いている人であっても彼らは会社にとてつもなく働かされています。また一部に昔からのフリーターといった、若い時に定職が見つけられず苦労しているということも含めると、説明できそうです。


P56
未婚者、離婚者、死別者と比較すると、既婚者の幸福度は有意に高いですし、健康な人も同じです。これらをまとめると、高い所得と教育、女性であること、健康といった変数が幸福度を高めています。そしてβ係数の大きさで判断すると、一番影響力の高いのは健康(〇・二五四)であり、次いで未婚であること(マイナス〇・一七六)、そして女性であること(〇・一三二)の順です。


P67
これまで示したメーテルリンクの戯曲とアンデルセンの童話から得られた私流の解釈は、実は私の幸福に対する見方と同じです。幸せを求めることはあってよいが、決して自分の手の届かないようなことを求めるな、自分の境遇にあったそこそこの幸せを求めるがよい、ということです。さらに幸せが得られることに越したことはないけれども、それに有頂天になって慢心してはいけない、ということになるでしょう。ここで述べた私の解釈をデンマークの人びとは実践しているように思えるのです。


P69
年金、医療、介護などのサービス提供はとても寛大なものとなっているのがデンマークの特色なのです。これに関してもう一つの特色は、この国の福祉制度の歴史的発展で強調したように、給付のほとんどを税収で賄っていることにあります。社会保険料での徴収は非常に少なく、税収を年金、医療、介護などの給付に用いているのです。
税金ではなく保険料を失業基金に拠出して運営している制度に失業保険があります。失業したときの手当は月額約二三万円ほどが二年間も支給される寛大なものといえます。過去には四年間の給付をする時期もあったというから驚きです。しかし後述するように、なるべく失業者を少なくするような労働制作をとることによって、怠惰な人に失業給付を行うということを避けています。


P74
デンマーク経済の強さを語るとき、忘れてはならないことがあります。それはデンマーク女性の働く率がたかいということです。現代では男性の就業率が七九%、女性が七四%なので、女性の働く比率は男性のそれよりも少しだけ低いにすぎず、育児休暇中の女性を除いて、既婚・未婚の女性のほとんどが就労しているのです。このことは経済を強くすることに加えて、既婚者であれば家計所得を高くすることに寄与します。デンマーク経済の強さと国民所得の高さを説明する一つの鍵が女性にあります。


P76
ここで所得分配の平等性の高いことが、なぜ国民の幸福度を高めるかをまとめておきましょう。第一に、極端に所得の高い人がその国民の中にいれば、人びとはそういう人を羨ましく思う可能性があり、そういう人は自分の不幸を感じる程度が高まる可能性があります。
第二に、自分を貧乏と感じる人が非常に少ないので、少なくとも大多数の人が経済的な生活に困らないのであるから、自分を不幸と感じないどころか幸福と感じる程度が高まります。
第三に、第一と第二の点を別の言葉で述べれば、自分の周りにいる人が自分と同じ水準の所得を得ていることを知ることになるので、国民の大多数が中流にあると認識することになります。このことは高い所得を求める人にとっては不幸と感じることもあるかもしれませんが、デンマークにはそういう人の数は少ないのです。


P128
これまでの経済学は人びとの経済生活をどう豊かにすればよいのか、ということに最大の関心を払えばよかったのですが、今ではいくつかの論点を同時に解決せねばならない時代となり、これにどう対処するのか、ということです。例えば、環境問題の登場、格差問題への対処、などがありますさらに、人びとの「幸せ」を考えたときに、経済生活の豊かさだけで人びとは「幸せ」感じなくなっているので、伝統的な経済学だけでは解決できなくなっています。新たな学問の発展が期待されます。


P168
教育に関しても、教育費の負担を親に押しつけているので、親の経済力次第で子どもがどこまで教育を受けられるかが決まっている日本は、教育の機会平等が達成されていません。おや親のステイタスとは無関係に子どもが望む教育を受けることができるようにするには、公的部門の教育費支出を増大せねばなりません。
ところがこの主張・意見は、日本では少数派といっていいでしょう。多数派の主張では、福祉、公教育を充実することは民間経済や指摘教育の発展にとって阻害となるので、国民の自立意識と勤労意欲に期待して、経済活性化を追求した方が好ましいという声が強い。さらに、そもそも政府への不信感も日本では強いのです。

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posted by わけい at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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