2014年11月08日

通院でケアーする! アルコール依存症の早期発見とケアの仕方(世良 守行)

通院でケアーする! アルコール依存症の早期発見とケアの仕方(世良 守行)




目次
第1章 アルコールの問題だと認識することが大事
第2章 アルコール依存症の家庭内の問題
第3章 アルコールと体の健康
第4章 職場でのアルコールの問題
第5章 アルコール依存症の治療
第6章 アルコール依存症からの回復


印象に残った箇所を引用

P63
アルコール関連問題を頻繁に繰り返している人に、アルコールを飲まない約束をしても無意味であることが理解されていません。アルコール関連問題の繰り返しは、病気だととらえる視点が欠けているのです。約束しただけでアルコールがやめられるならば、アルコール問題の繰り返しは起こらないし、アルコール依存症はこの世に存在しません。


P70
家族は精神的に苦しみ、悩んでいることは事実で、本人よりもつらい状況にあるのかもしれません。本人が酒にとらわれているのと同じくらい、家族は本人にとらわれ、家族が家族らしい行動をとれなくなっています。
つまり、アルコール依存症者がアルコールにとらわれる病ならば、家族はアルコール依存症者にとらわれる病といえます。
このように本人も家族も、物と人との違いはあっても、ともに「とらわれの病」に罹患しているといえるでしょう。


P71
家族が健康になっていくと本人は困り始め、前のように病んでいる状況に家族を引き戻そうとします。なぜなら、健康に向かう家族と病んでいる本人との距離がだんだん離れていくのを感じ、孤独感が高まっていくからです。
それでもさらに家族が、自分たちの健康を求めたとき、本人は困り果てて家族の健康的な生活に合わせざるを得なくなります。つまり、家族の求めている断酒の方向にいかなければ、家族との生活を望めなくなるのです。そこで、やっと家族の求めている医療や自助グループに通い断酒を継続しなければ、家族として生きていけないことに気づくことになります。
家族はアルコール依存症者にとらわれることなく、一番自分らしい生き方を求めることが、本人に断酒の必要性を気づいてもらう早道なのです。


P74
家族はアルコール依存症者に対して、
「監視しても飲むのだから、監視をやめるとさらに量が増えるのではないか」
という不安から、監視をやめることができないことが多い。しかし、家族が決然と監視をやめ、本人の飲酒に振り回されなくなると、一時的には酒量が増しますが、本人が自分のアルコール問題に気づいていきます。家族が対応を元に戻さないことが大事なのです。


P86
「今、あなたがここにいることが、アルコールで問題が起きている証明ではないですか?あなたは、アルコール依存症という病名にこだわっていますが、お酒をやめたいなら病名は関係ないと思います。アルコール依存症だから断酒をするのではなく、アルコールが原因でさまざまな問題が起こっているから、断酒をしなければいけないのですよ」


P102
アルコール依存症者の多くは、まわりの人が「飲むな」というのが当たり前、という生活をしてきたのです。
そこで、今までとは違ったかかわり方を考えたとき、「飲むな」といわないことが一番彼らの心を動かすことに気づき、「飲んではだめ」という声かけを、スタッフ全員がやめることにしました。すると、ある患者さんから、
「どうしてみなさんは、飲むなといってくれないのですか?」
と聞かれました。そこで私は、
「私が飲まないようにいっても飲むじゃないですか。私たちが飲まないようにいえば、断酒してくれるなら、いくらでもいいますけど……」
と答えました。その人は物足りなさそうな顔をしました。またある人は、
「飲むなといわれると飲みたくなる。何も言われないと逆に考えてしまう」
と話してくれました。結局は、関わる側も本人も「飲む、飲まない」にとらわれているのです。ですから、それからは患者さんが飲酒しても、
「そうですか、飲んだのですか」
ぐらいで、それ以上、飲酒問題に興味を示さないかかわりをとるようにしました。「飲むか」「飲まないか」は、本人の問題だからです。


P122
「日本ほど、アルコールに寛容な国はない」といわれているように、アルコールは氾濫しています。あるアルコール関連問題の調査(2004年)に、WHOの診断基準を照らし合わせると、アルコール依存症者は82万人と推定されているのに、飲酒者による迷惑行為を受けた被害者は3040万人と記されています。実に、日本人の4人に1人がアルコールの被害を被っているのに、患者が82万人とは、矛盾のある数字です。


P165
再飲酒したからといってあきらめることはありません。なぜなら、アルコール依存症からの回復は、飲酒したり、断酒したりという経過をたどりながら回復に向かう人が多いからです。回復者の多くが、治療を受けても何度かの再飲酒をして回復しているのが事実。ですから、長期的な展望が必要です。


P172
アルコールを飲んだ、飲まないではなく、抗酒剤を服用したか、しないかでトラブルとなることもまれではありませんでした。こうして抗酒剤の服用で関係を悪くするより、服薬以外の部分でのかかわりを大切にしたほうが、スタッフと患者さんの関係が良好になる、という考え方もあります。
現在、私たち慈友クリニックでは、医師と患者とが話し合いの上で抗酒剤が処方され、自分で服用するのが原則になっています。
家庭で抗酒剤を冷蔵庫などにしまっていると、無味無臭のため、本人が水に入れ替えていることがあります。逆に、家族が本人に黙ってみそ汁やお茶に入れて服用させるというようなこともあります。しかし、こうした方法は、彼らが万一飲酒したとき、きわめて危険です。自分で抗酒剤を服用していることがわかっていれば、アルコールもおそるおそる飲み、苦しくなれば飲むのをやめますが、本人に内緒で服用させている場合、アルコールを飲んだときには生命に危険が生じます。そのときの異常な苦しみが断酒に向かうきっかけになればよいのですが、逆に、家族への不信を抱くことのほうが多いようです。当クリニックでは抗酒剤はあくまで本人の問題であり、自分で服用することが大切だと考え、家族が本人に服用を強制するという指導はしていません。


P189
AAや断酒会などの自助グループでは、「最終目標は自己の成長である」といっています。それは断酒の継続は自己成長のための手段にすぎないということ。彼らの多くが断酒をしても、対人関係の「生きづらさ」をかかえて生活しています。そこを解決してこそ、アルコール依存症者の回復といえるのです。


P199
あるとき私は、回復途上の人たちのなかで「飲酒夢」を見た人たちが、再飲酒をしないことに気づきました。断酒を継続している人たちの多くが「飲酒夢」を体験している。「飲酒夢」と回復には関連性があると考えるようになりました。それから「飲酒夢を見た」という話は、その人が回復に向かって動き出したことの表れだと思うようになりました。


P203
アルコール依存症を「必ず回復する病気」と認識できるようになってから、
「いろいろな問題が起こっても、必ず回復します。回復しない人はいません。回復するまで、命を大切にしましょう」
とアルコール依存症者に話せるようになりました。

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posted by わけい at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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