2017年05月05日

育つ力と育てる力 私と三人息子は発達障害です。何か?(笹森 理絵)

書店の店員さんからお勧め頂いた本。
発達障害の勉強中だったので、飛びつくように読みました。





目次
序章 私が「三日月湖」になったわけ(「三日月湖」の気持ち
恐怖の出産 ほか)
第1章 発達凸凹の世界を“通訳”してみると(発達凸凹の世界って…
見えないことは理解できません ほか)
第2章 育つ力と育てる力―三日月湖な私のブログより(発達凸凹の親は悩ましい
通常学級と支援学級のはざまで ほか)
終章 障害とは「不便」だということです(障害は「かわいそう」ではありません
そこに差別意識はありませんか? ほか)

印象に残った個所を引用
P35
「笹森さんは、余韻を楽しむっていうのはないの? 最後に白黒つけなきゃだめなの?」
そう、私には余韻がわかりません。小説に「ここからは余韻です」と書いておいてくれたり、詳しい解説があったりすると理解できるのですが、そうでないとモヤモヤするばかり。だから読む本や観る映画はもっぱらノンフィクションです。


P42
こんなふうに視点がまったく違うので、共感できるわけがありません。面白いと思う価値感が違うし前提が違うわけですから、「同じように見てはいない」のです。だとすると、共感性がないとはい言い切れないし、感受性や理解力の問題でもないというここがおわかりいただけると思います。
これは私の場合の話なので一般化はできないかもしれませんが、たとえば子どもが奇妙な絵を描いたときや妙な角度からモノを覗いていたとき、「変だよ」と指摘する前に、この子はどこに価値を置いているんだろう」と考えてみてください。そして同じ視点から一緒に覗いてみてください。ひょっとすると、逆に共感できてしまうかもしれませんよ。


P48
まず食事は楽しいものであるということを子どもたちに知ってもらうことが重要です。そのうえで、ひと口ずつスモールステップで取り組めば、食べられるものが徐々に増えていくでしょう。私もそうですが、過敏も徐々に緩和されたり、何かのきっかけで食べられるようになったりするので、あせらず長い目で見ていきたいものです。


P50
発達凸凹の人生は、このように毎日がストレスフル。日常生活は恐怖や不安、困惑のタネにあふれています。「発達障害のある子どもは疲れやすい」と言われますが、いつもアンテナの惑度を最強にし、無意識に余計なエネルギーを使っているので当たり前でしょう。保護者や関係者がそのことを理解しているかどうかで、子どもの「生きやすさ」や将来が大きく変わってくると思います。


P51
なぜできないんだろう」と考えるのは不毛です。そこにはこだわらず、発想を「どうやったらできるんだろう」に変えていったほうが幸せになれると思います。


P60
3歳児検診では保健師に「3歳なのにどうして名前も言えないの? どうしてそんなに食べられないものが多いの? どうして指さしすらできないの?」と親子ともども問い詰められました。長男の状態について、どんな可能性があるかということはまったく説明してくれず、さんざんできないことを指摘されたあげくに「異常なし」に丸を付けられるというめちゃくちゃぶりでした(発達障害について理解が進んでいる現在では、こんなことはありません)。 異常がないのに言葉が遅く、変な行動が絶えないということは、私の躾の問題に違いない--そうとしかとらえられなかったので、長男に対する体罰はますますエスカレートしました。発達に課題のある子を持つ親がその子を虐待してしまうケースが少なくないのは、まさにこういうことです。


P64
長男が発達障害でよかったとは言わないけれど、出産からいままでのドタバタも含めてすべてのこ とに意味があったということが、ようやくわかってきました。育児には苦労しましたが、こんな思いをしたからこそ、私も少し成長できたように思います。そして、定型児の育児では見過ごしてしまうような、ささやかな成長を喜べる感性を身に付けることができたと感じています。


P75
「タメだから」「できないから」というマイナスな捉え方は、誰のためにもなりません。声高に主張するつもりはありませんが、せめて「できないから」を「環境調整のため」「こどもたちが安心して学校生活を送るため」「本来持っている能力を発揮するため」と言い換えていただきたいなあと思っています。


P139
そこから水の循環の話になり、クーが「海から水が上がって、雲になるんやんな!」と言うので、「海だけじゃないで、ほっぴーやクーちゃんの汗だって、空に上がって雲になってるんやで。で、また雨になって、川になって海になるねん」と説明すると、クーとほっぴーが言いました。「じゃあ、ボクたちは川の一部なん?海の一部なん? うわー、すごい!」


P227
私の考えを述べておくと、「障害」は「かわいそう」なのではなくて、ひたすら「不便」なのです。同情するのではなく、「どうすればこの不便さを乗り越え、安心して便利に過ごせるか、楽しく過ごせるか」を建設的に、一緒に考えてもらえるほうがどれほどありがたいか。同情していただくのはいいのですが、それだけで終わってしまうと、こちらもどこかうしろめたい気持ちになったり、惨めで恥ずかしい思いを感じたりすることにもつながるからです。


P231
発達に障害のある人は、多かれ少なかれその場の空気を読んだり、相手の気持ちを忖度したりすることが苦手です。でも、それは「鈍惑」ということではありません。むしろ、空気を読むのが苦手だから、必要以上にアンテナの感度を上げて、あらゆる情報をつかもうとしているわけです。それは一種の自己防衛手段といえるでしょう。
(中略)
成人の当事者数人が集まってグループワークをしていたときのこと。「当事者は空気を読んでいないとか、わかっていないって言うけど違うよね、必死で読んでいるし気にしているけど、ズレているから苦労しているんだよね、嫌な空気もわかっているもんね」と口々に語っていました。
「『気にしすぎじゃないの?』と言われて、気にしないでいられるのなら苦労はしない」
当事者の方は、みなさん、そうおっしゃいます。もちろん私もそうです。「気にしすぎじゃないの?」と言う人にはもちろん、悪気はないでしょう。とても些細なひと言かもしれません。でもこの些細なひと言で、せっかく築いてきた信頼関係が破綻してしまうこともあるのです。
ではどうしたらいいか。まず、このひと言は、言いたい気持ちをぐっと我慢して飲み込んでほしいと思います。そして、「本人が気にしている」というその事実と思いを、まずは受け止めてほしいと思います。


P237
私たち大人は社会の一員として、子どもたちがゆくゆくは幸せなおじちゃん、おばちゃんになれるように努めませんか?障害があってもなくても、生きていてそれなりによかったなあと、みんなが思える社会を一緒につくっていきませんか?個々の命を大切にし、個々の思いや人格が尊重される社会であり続けるように、共に生きていきませんか?

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posted by わけい at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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