2016年06月12日

「鼻の横を押す」と病気が治る (脳内の酸素量が増し自然治療力が高まる!) (萩原 秀紀 (著), 工藤千秋 (監修))

天迎香という、これまで知られていたなかったツボを押さえることを勧める本です。
本当にこの本に書かれているように、このツボを押すだけで、何もかも健康になれるのかどうかは解りませんが、何となく、呼吸の流れは良くなったようにも思います。

「鼻の横を押す」と病気が治る (脳内の酸素量が増し自然治療力が高まる!)




目次
第1章: 健康を取り戻す「奇跡の急所」の発見
第2章: 「天迎香」の位置と正しい押し方
第3章: 脳の緊張と体のゆがみが万病を招く
第4章: 鼻の横を押して病気を治した体験談
第5章: 40年間の治療家人生で描いた夢


「天迎香」の正しい押し方

@左右どちらかの手の人差し指と薬指を、長さが同じになるように曲げる。

A@の指の形のまま、まぶたに当てて軽く押し、眼球に圧迫がかからない強さを確認する。

B(口の中から押す場台)2 本の指を口の中に入れ、上歯茎の付け根から天迎香を斜め上45 度の方向に、Aで確認した強さで押す。

(皮膚の上から押す場合)2 本の指先の腹を小鼻の両横に当て、斜め上45 度の方向に、Aで確認した強さで押す。
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To Be Freedom@読書三昧: 夜回り先生50のアドバイス「子育てのツボ」

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「脳にいいこと」だけをやりなさい! (マーシー・シャイモフ (著), 茂木健一郎 (翻訳))

脳にとっての、「良い刺激」とは?
割と、道徳的、倫理的なことが、脳に良いんだなぁと学べました。。

「脳にいいこと」だけをやりなさい!




目次
訳者のことば……今、注目の脳内の「楽観回路」を働かせる方法!
1「脳の使い方がうまい人」には7つの特徴があった!
2 簡単で効果抜群の脳の「大そうじ」!
3 脳に「ポジティブな回路」をつくる法
4「脳が一番喜ぶこと」を毎日する
5 脳細胞が元気なら、何でも思い通りに!
6 夢を楽々実現する、ハイパーエネルギーの秘密!
7 眠っている才能を目覚めさせる脳の刺激法
8 こんな人とつき合えば、脳はいい刺激を受ける

印象に残った個所を引用。
P33
「脳にいいこと」は大きく7つに分けられ、家づくりの工程にたとえることができます。これらをしっかり築けば、脳と身体が上手に機能し、最後に大きな「幸せの家」が完成します。
1ネガティブ思考の「大そうじ」をする。
2プラス思考で、脳にポジティブな回路をつくる。
3何事にも「愛情表現」を忘れない。
4全身の細胞から健康になる
5瞑想などで脳を「人智を超えた大いなる力」につなげる
6目標をもち、脳に眠る才能を開拓する。
7つき合う人を選んで、脳にいい刺激を与える


P34
以前、成功法則についてのセミナーで、受講者に「なりたいもの/やりたいこと/手に入れたいこと100」を書き出してもらったことがあります。
タヒチでスキューバをしたい、ベンツを買いたい、世界一周旅行をしたい、世界から飢えをなくしたい、戦争のない平和な世の中にしたい……。
意外だったのは、このリストに「幸せになりたい」と書いた人が数人しかいなかったことでした。なるほど、どの夢も実現すれば素晴らしいとは思いますが、最終ゴールではないはずです。人々の究極の目的は、”幸せになること”なのに……。


P208
何をするかは重要ではなく、何か大きな目的のために貢献しているという気持ちがプラスの神経回路づくりに役立ちます。


P234
作家エリザベス・ギルバートは、世界各地を旅して自分探しをした経験を『Eat,Pray,Love(食べて祈って愛して)』に書き、本は全世界でベストセラーになりました。彼女はよくこう尋ねられるといいます。
「自分探しのために世界旅行とは、ちょっと贅沢じゃありませんか」
エリザベスの答えはいつもこうです。
「そうですか?ナルシスティックで憂うつそうな顔をしながら引きこもっているほうがよっぽど贅沢だと思います。その人は社会に何の貢献もしていないのですよ。誰にも何も与えていない。私が世界のためにできる一番の方法は、この幸せをみんなに分けてあげることですから」


家族や親しい友人と一緒にいるときの居心地のよさを、どこで誰と一緒にいても感じられたなら、どんなにか素晴らしいでしょう。それが「世界を家族と考える」「コミュニティーを世界に広げる」ということです。
見ず知らずの人でさえ「家族」と思えるようになれば、今よりずっと満たされた気分になれることは間違いありません。
(中略)
気遣われ尊重されているという気持ちを、出会うすべての人々に与えましょう。そうすることで世の中に役立てていると思ってください。
その日の終わりに、あなたはどんな気持ちになっていますか。人々を幸せな気持ちにしていたはずが、逆に自分が一番幸せな気持ちになっていることに気づくはずです。
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posted by わけい at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

超訳 ニーチェの言葉(白取 春彦 (翻訳))

哲学の巨匠ニーチェとは、聞いただけでなんだか重苦しく、避けて通りたくなるような印象が有るかもしれません。
しかし、その言葉一つ一つはやはり力強くもあり、優しくもあり、日常生活の中でも活きているものです。
そんなニーチェの言葉を分かりやすく、また端的にまとめた一冊。
辞書のような分厚さですが、重厚感とは裏腹に、どこから読んでもためになる言葉に溢れています。

超訳 ニーチェの言葉




目次
己について/喜について/生について/心について/友について/世について/人について/愛について/知について/美について

印象に残った箇所を引用。

001
初めの一歩は自分への尊敬から

自分はたいしたことがな
い人間だなんて思ってはならない。それは、自分の行動や考え方をがんじがらめに縛ってしまうようなことだからだ。
そうではなく、最初に自分を尊敬することから始めよう。まだ何もしていない自分を、まだ実績のない自分を、人間として尊敬するんだ。
自分を尊敬すれば、悪いことなんてできなくなる。人間として軽蔑されるような行為をしなくなるものだ。
そういうふうに生き方が変わって、理想に近い自分、他の人も見習いたくなるような人間になって
いくことができる。
それは自分の可能性を大きく開拓し、それをなしとげるにふさわしい力を与えることになる。自分の人生をまっとうさせるために、まずは自分を尊敬しよう。


008
自分の「なぜ」を知れば道が見える

多くの方法論の本を読んでも、有名な経営者や金持ちのやり方を学んできても、自分のやり方や方法がわからない。これは当然のことで、薬ひとつにしても、その人の体質に合わない場合がある。他人のやり方が自分に合わないのは不思議なことではない。
問題はまず、自分の「なぜ」がちっともわかっていないということにある。自分がなぜそれをやりたいのか、なぜそれを望むのか、なぜそうなりたいのか、なぜその道を行きたいのか、ということについて深く考えてないし、しっかりつかんでいないからだ。
その自分の「なぜ」さえはっきりつかめていれば、あとはもう簡単だ。
どのようにやるのかなんてすぐにわかってくる。わざわざ他人の真似をして時間をつぶすこともない。もう自分の目で自分の道がはっきりと見えているのだから、あとは歩いていけばいいだけになる。



009
自分の行為は世界に響いている

自分のどんな行為も、他の行為や考え、決断などの誘因になっている、もしくは、大きな影響を与えている。その行為がまったく何にも影響を及ぼしていないことはない。
自分の行為によっていったん起きた事柄は、いつもなんらかの仕方で次に起きる事柄としっかりと結びついているのだ。遠い過去の昔の人々の行為でさえ、現在の事柄と強く弱く関連している。
すべての行為や運動は不死なのだ。そして、どんな人間のどんな小さな行為も不死だと言えるのだ。つまり、実はわたしたちは、永遠に生き続けているのだ。


016
いつも機嫌よく生きるコツ

不機嫌になる大きな理由の一つは、自分のなしたこと、自分の産んだことが人の役に立っていないと感じることだ。
だから、不機嫌な老人がいる。一方で輝く青春の真っ只中にいる若い人たちが不機嫌なのは、自分が社会の中で生産的な存在になることがまだなかなか難しいからでもある。
したがって、いつも機嫌よく生きていくコツは、人の助けになるか、誰かの役に立つことだ。そのことで自分という存在の意味が実感され、これが純粋な喜びになる。


020
「〜のために」行うことをやめる

どれほど良いことに見えても、「〜のために」行うことは、卑しく貧欲なことだ。
誰々のためにであろうとも、何々のためにであろうとも、それが失敗したと思えるときには相手、もしくは事情や何かのせいにする心が生まれるし、うまくいったと思えるときには自分の手柄だとする慢心が生まれるからだ。
つまり、本当は自分のためにだけ行っているのだ。
けれど、純粋に能動的な愛から行われるときには、「〜のために」という言葉も考えも出てくることはない。


025
喜び方がまだ足りない

もっと喜ぼう。ちょっといいことがあっただけでも、うんと喜ぼう。喜ぶことは気持ちいいし、体の免疫力だって上がる。
恥ずかしがらず、我慢せず、遠慮せず、喜ぼう。笑おう。にこにこしよう。素直な気持ちになって、子供のように喜ぼう。
喜べば、くだらないことを忘れることができる。他人への嫌悪や憎しみも薄くなっていく。周囲の人々も嬉しくなるほどに喜ぼう。
喜ぼう。この人生、もっと喜ぼう。喜び、嬉しがって生きよう。


027
朝起きたら考えること

一日をよいスタートで始めたいと思うなら、目覚めたときに、この一日のあいだに少なくとも一人の人に、少なくとも一つの喜びを与えてあげられないだろうかと思案することだ。
その喜びは、ささやかなものでもかまわない。そうして、なんとかこの考えが実現するように努めて一日を送ることだ。
この習慣を多くの人が身につければ、自分だけが得をしたいという祈りよりも、ずっと早く世の中を変えていくことだろう。



028
誰もが喜べる喜びを

わたしたちの喜びは、他の人々の役に立っているだろうか。
わたしたちの喜びが、他の人の悔しさや悲しさをいっそう増したり、侮辱になったりしてはいないだろうか。
わたしたちは、本当に喜ぶべきことを喜んでいるだろうか。
他人の不幸や災厄を喜んではいないだろうか。復讐心や軽蔑心や差別の心を満足させる喜びになってはいないだろうか。


032
人を宣陶ばせると自分も喜べる

誰かを喜ばせることは、自分をも喜びでいっぱいにする。
どんなに小さな事柄でも人を喜ばせることができるとわたしたちの両手も心も喜びでいっぱいになるのだ。


034
この瞬間を楽しもう

楽しまないというのはよくないことだ。つらいことからいったん目をそむけてでも、今をちゃんと楽しむべきだ。
たとえば、家庭の中に楽しまない人がたった一人いるだけで、誰かが鬱々としているだけで、家庭はどんよりと暗く不快な場所になってしまう。もちろん、グルー。フや組織においても同じようになるものだ。
できるだけ幸福に生きよう。そのためにも、とりあえず今は楽しもう。素直に笑い、この瞬間を全身で楽しんでおこう。



035
精神が高まるほど繊細なものを喜べる

精神がより高く、健康に育っていくほど、その人はあまり突飛的な笑いや下品な高笑いをしなくなるものだ。軽率で破裂的な高笑いはほとんどなくなり、微笑みや喜びの表情が増えていく。
なぜならぱ、この人生の中にこれほど多くの楽しいことがまだ隠されていたのかと、発見のつど喜ぶようになっているからだ。つまり彼は、その微細なものを見分けることができるほど、繊細で敏感な精神の高みに達しているというわけだ。


044
職業がくれる一つの恵み

自分の職業に専念することは、よけいな事柄を考えないようにさせてくれるものだ。その意味で、職業を持っていることは、一つの大きな恵みとなる。
人生や生活上の憂いに襲われたとき、慣れた職業に没頭することによって、現実問題がもたらす圧迫や心配事からそっぽを向いて引きこもることができる。
苦しいなら、逃げてもかまわないのだ。戦い続けて苦しんだからといって、それに見合うように事情が好転するとは限らない。自分の心をいじめすぎてはいけない。自分に与えられた職業に没頭することで心配事から逃げているうちに、きっと何かが変わってくる。035


047
子供に清潔観念を与える

子供のうちに強くしつけておくべきは、清潔好きの感覚だ。もちろんそれは、手を洗うことによって汚れや病気から身を守り、健康を保つことができるようになるからだ。
また、その清潔好きの感覚は、やがて他の精神的な麺にも広まっていく。つまり、盗みを働くことやその他の悪徳を汚れとみなす感覚へと高まりうる。同じようにその子も、社会的人間としての節度、清純さ、温厚さ、よい品性などを好むようになるのだ。
こうして習慣となった清潔観念は潔癖さを呼び、生きていくうえで幸福になる要素や契機を自然にわが身に引きつけるようになるのだ。


051
いつかは死ぬのだから

死のは決まっているのだから、ほがらかにやっていこう。
いつかは終わるのだから、全力で向かっていこう。
時間は限られているのだから、チャンスはいつも今だ。
嘆きわめくことなんか、オペラの役者にまかせておけ。


052
人間であることの宿命

この生の時間の中で多くの体験をしたあげく、わたしたちは人生を短いとか長いとか、富んでいるとか貧しいとか、充実しているとか空しいとか判断している。
しかし、自分の眼がどこまでも遠くを見ることがないように、生身の体を持ったわたしたちの体験の範囲と距離は、いつも限られているのだ。耳も、すべての音を聞くことはない。手も、すべてのものに触れること
はできない。
それなのに、大きいだの小さいだの、固いだの柔らかいだの、と勝手に判断している。さらに、他の生き物についても勝手に判断している。つまり、最初から限界があるのに、自分たちの判断が間違っているかもしれないということに気づかないでいる。これが、人間であることの大小さまざまの宿命なのだ。



058
心の生活習慣を変える

毎日の小さな習慣のくり返しが、慢性的な病気をつくる。
それと同じように、毎日の心の小さな習慣的なくり返しが、魂を病気にしたり、健康にしたりする。
たとえば、日に十回自分の周囲の人々に冷たい言葉を浴びせているならば、今日からは日に十回は周囲の人々を喜ばせるようにしようではないか。
そうすると、自分の魂が治療されるばかりではなく、周囲の人々の心も状況も、確実に好転していくのだ。




059
平等の欲望

平等という概念語を好んで使う人は、二つの欲望のどちらかを隠し持っている。
一つは、他の人々を自分のレベルまで引き下げようという欲望だ。もう一つは、自分と他の人々を高いレベルまで引き上げようという欲望だ。
だから、叫ばれている平等がどちらなのか、見極めるのが肝心だ。



069
飽きるのは自分の成長が止まっているから

なかなか簡単には手に入らないようなものほど欲しくなるものだ。
しかし、いったん自分のものとなり、少しばかり時間がたつと、つまらないもののように感じ始める。それが物であっても人間であってもだ。
すでに手に入れて、慣れてしまったから飽きるのだ。けれどもそれは、本当は自分自身に飽きているということだ。手に入れたものが自分の中で変化しないから飽きる。すなわち、それに対する自分の心が変化しないから飽きるのだ。つまり、自分自身が成長し続けない人ほど飽きやすいことになる。
そうではなく、人間として成長を続けている人は、自分が常に変わるのだから、同じものを持ち続けても少しも飽きないのだ。


075
友人をつくる方法

共に苦しむのではない。共に喜ぶのだ。
そうすれば、友人がつくれる。
しかし嫉妬とうぬぼれは、友人をなくしてしまうからご注意を。


099
悪人には自己愛が足りない

悪い人間には共通点があるのを知ってるかな。悪人たちのその共通点とは、自分を憎んでいるということだ。
自分を憎んでいるから悪いことをするのだ。悪事は自分を傷つけ、かつ罰することができるからだ。だから、彼らは破滅への道を転がり続けていく。
それだけではすまない。悪人が自分自身に向けた憎悪と復讐心は、周囲の人々をも犠牲にする。ギャンブル依存症の人が周りの人々に迷惑をかけるのと同じことだ。
だから、悪人の不幸を自業自得だと傍観しているだけではよくない。彼が自分自身を憎むのではなく、なんとかして愛することができるようわたしたちは努めようではないか。そうでないと、悪は急速にはびこってしまう。


151
そのままの相手を愛する

愛するとは、若く美しい者を好んで手に入れたがったり、すぐれた者をなんとか自分のものにしようとしたり、自分の影響下に置こうとすることではない。
愛するとはまた、自分と似たような者を探したり、嗅ぎ分けたりすることでもないし、自分を好む者を好んで受け入れることでもない。
愛するとは、自分とはまったく正反対に生きている者を、その状態のままに喜ぶことだ。自分とは逆の感性を持っている人をも、その感性のままに喜ぶことだ。
愛を使って二人のちがいを埋めたり、どちらかを引っ込めさせるのではなく、両者のちがいのままに喜ぶのが愛することなのだ。


186
真の教育者は解放する

いい学校に行けば、いい教師がいて、いい教育をしてくれるという。それは本当だろうか。
だいたいにして、何を教えてほしいと期待しているのだろうか。どういうふうに教育してもらいたいというのだろうか。
教師や学校によって、教える事柄が変わるのだろうか。
しかし真の教育者とは、銘柄とか実績によるのではなくて、あなたの能力をフルに発揮させてくれる人ではないだろうか。つまり、真の教育者とは、あなたの解放者であるはずだ。
ならば、あなたがいきいきと自由に、活発に、能力を存分に発揮できるようにさせてくれる人こそがあなたの本当の教育者であり、そこがあなたの学校だということだ。


200
自分に才能を与える

天賦の才能がないといって悲観すべきではない。
才能がないと思うのならば、それを習得すればいいのだ。



206
話し合いの効用

対話、それも、たわいのない世間話や噂話の応酬といったものではなく、何か決まった事柄についてのじつくりした話し合いはとてもたいせつだ。
なぜならば、そういう話し合いによって、自分が何を考えているのか何を見落としているのかがはっきりわかってくるし、問題の重要な点がどこなのかも今までになく見えてくるからだ。そうして、一つの考えというものが形としてまとまってくる。
独りでぐずぐず考えてばかりだと、とめどがないばかりで何もまとまらないものだ。
だから、話し合いは、互いに考えの産婆となって助け合うことでもあるのだ。


207
心をもっと大きくする

考えを言うとき、わたしたちは持ちあわせている言葉で表現する。言葉が少なく貧しいと、わたしたちの考えも少なく貧しいと言える。
たくさんの言葉を知ることは、実は、たくさんの考えを持つことになる。たくさんの考えを持てば、より広く考えられることになるし、ずっと広い可能性を手にすることになる。これは生きるうえで利用できる武器の最大のものだ。
言葉を多く知ることは、この人生の道をとても歩きやすくする手立てになるのだ。


211
低い視点から眺めてみる

たまには背をかがめ、あるいはできるだけ低くなるようにしゃがんで、草や花、その間を舞う蝶に間近に接したほうがいい。
そこには、今までは歩く際に遠く見下ろしていた草花や虫とは別の世界がある。幼い子供が毎日あたりまえのように目にしている世界の姿が広がっている。


213
よく考えるために

きちんと考える人になりたいのであれば、最低でも次の三条件が必要になる。
人づきあいをすること。書物を読むこと。情熱を持つこと。
これらのうちのどの一つを欠いても、まともに考えることなどできないのだから。


223
木に習う

松の木のたたずまいはどうだろう。耳を澄まして何かに聞き入っているかのようだ。
モミの木はどうだろう。まんじりともせず何かを待っているようだ。
この木々たちは、少しもあせってはいない。慌てず、いらだたず、わめかず、静けさの中にあり、じっとしていて、忍酎強い。
わたしたちもまた、このような松の木とモミの木の態度に見習うべきではないだろうか。


225
献身は目に見えないこともある

献身は、道徳的に尊い行為だと思われている。弱者や病人や老人の身の周りの世話をすること。自己を殺して仕えること。自身の命の危険をかえりみずに他人を助けること。医師も看護師も救急隊員も介護士も、献身することが仕事になっている。
しかし、よく考えてみよう。他の仕事の多くも、実は献身の一つの形なのではないだろうか。宗教や直接の人助けとはまったく関係がなくても、結局は人を助けるために自分を犠牲にした仕事ではないだろうか。農業も、漁業も、運ぶ人も、オモチャをつくることも。
さらには、思慮深くなされたあらゆる行為さえも、献身ではないか 。


226
偉大なる労働者

偉大な人々は、発案にすぐれていたばかりではない。偉大な人々はみな、偉大な労働者でもあった。
というのも、彼らは彼らの仕事において、捨てたり、選び出したり、力をふるったり、造り変えたり、整えたりすることに余念がなく、そういう労働をたゆむことなく続けてきたからである。そういう努力と労力が、ただ他の人々には見えないだけなのだ。
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